全国でも珍しい、磐長姫のみを祀る雲見浅間神社と陰陽思想
お久しぶりです。
伊豆、松崎町の雲見浅間神社へ、ようやく出向く事ができました。
途中、堂ヶ島へ寄り、国の天然記念物の青の洞窟をクルーズしたり、石切り丁場跡(洞窟)も見学しました。
旅一日目のメインイベントである、『雲見浅間神社』へ。

14日の天気は曇り。
拝殿まで、約130段の傾斜の階段、拝殿から中乃宮まで約320段、合計約450段!!
傾斜は約45度位あり斜め過ぎて、足がすくみそうになりながら、ゆっくり足場を確かめ登りました。
(昨年なら考えられない程の足の回復力に自分でも驚きましたが、夜には足がパンパンに痛み、ぞうのような腫れ。ミネラルたくさんの温泉に二度浸かり、痛みがだいぶ和らぎました。)

階段以外にもゴロゴロした石の間をすり抜けたり、ロープも何もない大きな岩場で、大人ひとりがやっと通れる箇所があり、そこを通り抜けた先に、また傾斜。最後の階段を登り、やっと到着!!
片道30分だそうですが、片道1時間近くかけてゆっくり登りました。
上の写真の高台は、日本とは思えない壮大さと絶景!そして、爽快さと達成感。
あまりの高さに足がガクガクになりながらも、磐長姫さまに遂に逢いに来れた嬉しさで胸がいっぱいになりました。
ここでしか得られない情報や学び・祝詞など、多くの智慧を得る事ができました。
そもそも、磐長姫は君が代にも登場している、苔ムス姫でもあります。
古代から、磐くら信仰があり、岩を神として神聖視した山岳信仰の面影からの歴史があると思います。
人々が航海する際の目印として古代から、星(北斗七星)・岩(岩山)・山を目印としていた背景があります。
松崎町の岩山は非常に特徴的で、鳥帽子山の古名の一つの御嶽も信仰の面影を残しています。
地名も氣になり、名前由来を調べた所、海に突き出た岬の松林は古代の人々にとって、単なる景観だけではなく、神聖な意味を持っていた可能性も考えられます。また、松は『待つ木』説があり、神さまが降り立った依り代として、木が用いられ、松は一年中緑を保つため、神聖視されました。また、冬でも枯れない常緑樹から、長寿・繁栄・永続性を意味します。

磐長姫の岩も不変であり、永遠・長寿を象徴する神と解釈されます。
ここで、陰陽思想からみえてくるのは、姉の磐長姫(磐)と妹の木花咲耶姫(富士山)です。
木花咲耶姫は、花の美しさ・繁栄・・陽
➡桜の花
磐長姫は、永続・長寿 ・・陰
➡桜の根
まさに、陰と陽であり、二人合わせて一つと捉えます。
人間も同じで、陰の部分、陽の部分があり、どちらか一方に寄ると、必ず反転していきます。
人生は良い事も悪い事も半分半分と言いますが、まさに言葉通りで、陰と陽の人生があります。
しかし、ここで大事なことは、どちらかに偏り過ぎないこと。

陰がある中に、陽を持ちながら、陰へ戻りつつ陽も持ち合わせる。
月のリズムように新月・満月の暦を体感で感じながら過ごしていくことで、偏り過ぎる人生を歩むことはないのですが、陰陽のバランスや月リズムをそもそも知らない方が大半なので、陰陽に振り回された人生を歩んでしまったり、月リズムが崩れ心身が辛くなってしまったり、実に様々な出来事が起きるのです。
事前に暦や陰陽思想を熟知していたら、人生が今よりも生きやすく、心の智慧を頂くことで人生を生きるヒントを得て、あなたの行動や言動がまた変わったと思います。(今までの私の人生にも言えますね。(;^_^A)
天文学的には、太陽と地球に置き換えると、地球の自転は西から東へ
見かけの太陽の動きは東から西へ
地球上からみると、太陽は東に昇って、西へ沈むため、太陽が地球の周りを動いているように見えるのです。
つまり、地球の自転方向と太陽の見かけの動きが真反対であることから、古代の信仰で占星術・陰陽思想から見えてくるのは、、、
陽・太陽は意識・生命力
陰・地球は物質・現実
となり、互いに反対の性質を持ち合わせることで、反発するのではなく調和しながら存在をしています。
九星氣学も相性がいい星や相克関係がありますが、ひとえに良い悪いとは決めることはなく、極端に言えば、どの星も人間は持ち合わせているし、親の星、そのまた祖父母の星の影響もあり、最後はどれだけ調和できるかが問われているのです。
何でも陰陽のバランスが大切で、バランスが整うと軸が整い、心と身体がブレる事無く整っていきます。
下のカニさんは、雲見浅間神社から車で10分程度にある、石切丁場跡の入口前に沢山のカニさんが顔を出してくれました。(*^^)vこれも、旅の楽しみですね!
