日本人の言語低下は、いずれ魂の低下を招く!
おはようございます。
心と身体のリトリートmanoaです。
2026年がスタートしてから、蓋に押し込めていた箱の中身が一氣に噴き出し、米国・イギリスを筆頭にエプスタインと関わっていた、政治の中枢にいる重鎮や王族、経営者、教授など表に出てきました。
氣付いていない方にとっては、衝撃的で胸が痛む話しですし、これが現実だと思いたくない氣持ちの揺らぎや、真実を直視できず、陰謀論と結論付ける人や話しすら聞きたくない!また、中にはまだ知らない方も一定数いられると思います。
ここでは、今回、詳しくはお話ししませんが、エプスタインが表に出てくると言う事は、今までの時代が終わりを迎え、長らく続いていたシステムの崩壊と言えます。
さて、日本ではどうでしょうか?
長年続いた、システムにより私たちの魂はどう変わり、また言語能力の低下により、文化・精神性はどう変化を遂げたでしょうか?
言語の低下とは、ただ単に国語の能力が低下したとか?勉強面を指摘している訳ではありません。
感情表現の低下や理解力の欠如、言葉(言霊)の喪失と言えます。

言葉には言霊があり、霊的な力が宿り、また言葉は音となり、脳の神経や感情に影響を与えます。
マントラ(般若心経)や周波数の音楽療法などがありますが、古来から体感的に理解をしていたのです。

【言霊の幸はふ国ぞ 真幸くありこそ】・・万葉集
ことだまのさきはふくにぞ まさきくありこそ
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言霊の力が満ち溢れている国よ。どうか幸せであり続けますように
言葉によって、様々な感情が現れますが、勇気をもらったり、励ましとなったり、閉じた心が解放されたり、攻撃的言葉により、心が荒れたり、落ち込んだり、言葉一つで人生を左右するといっても過言ではありません。
しかし、私たちが生きている現代ではどうでしょうか?
SNSによる顔の見えない嫌がらせや暴言が溢れ、雑な表現が横行しています。
ネット調べてみると、それな➡同意 り➡了解 ガチ➡本氣 エモい➡感情の揺れ
と言う言葉がでてきました。Z世代と私は個人的に関りが薄いので、現状はどうなっているのか推測でしか言えませんし、また若者がみな使っている訳ではありませんが、接客対応を見ていると、いつも感じる違和感があります。
それは、、
言語の希薄化さと言葉から心を読む力の低下です。

接客で良く見かけるのは基本的な挨拶ですが、『いらっしゃいませ。』『ありがとうございました。』を言わないのです。
始めは、つい言い忘れてしまったのかな。と思っていたのですが、何度も挨拶がない接客に遭遇するので、最近は、言うつもりがないのだと感じるようになったのです。
また、お店などで何か頼んでも、返事をする事もなく、無の感情で黙々と作業をいきなり始める姿もよく見かけます。
お客さまは、神さまなんて言葉が昭和の時代はありましたが、それもそれで、行き過ぎた面がありますが、
私がお伝えしたいのは、接遇マナーをアルバイトであろうか、パートであろうが、会社や個人店でも行っていますし、研修期間に学びます。しかし、基本的な返事や挨拶は接遇以前の問題で、幼い頃から培っていた、親子間での言語の希薄化さや相手の心を読み解く力の欠如と元教育者の視点から感じていました。
児童の仕事をする中で、20年前頃から既に兆候として現れ、会議の議題にいつも上がっていたのです。
様々な経験を子ども達にさせることの重要性を感じ、取り組んできました。
言語の希薄化は、ちょっとした子ども同士の喧嘩が大きな問題に発展しやすく、また他人は他人、私は私だから、相手がどうなろうが関係ないと言うスタンスから、防御反応をする子を増えていきました。
相手の心情を読み取れない子が増えていると言うのは、子だけではなく親も同様で、モンスターペアレントも増加していきました。
この言葉は、2000年頃から取り上げられましたが、私の経験上、言語の希薄化と言語低下、モンスターペアレントは同様の結果が生み出したものであると考えています。
もちろん、社会の変化(競争社会・格差社会)や孤立した環境も付随していますが、根本は日本人の魂の低下です。

日用品や食べ物、心、動物、お花、山、川、森、風、雨、あらゆるものに魂が宿り、私たちは生きています。そして、生かされています。
言葉にも魂が宿り、その魂は目には見えませんが、自分に反映し、社会に反映し、環境・自然に反映します。
・いま、社会経済はどうなっているでしょうか?
・田畑はどうなっているでしょうか?
・森に暮らすクマたちは安心して実を食べられる環境で暮らしているでしょうか?
・カラダが心から喜ぶ安心安全な食を私たちは食べているでしょうか?
・川や海はゴミの散乱や汚染されず、魚たちは安心して海や川で過ごしているでしょうか?
・心穏やかに笑い感謝の心を持ち、ゆとりある生活を私たちは送っているでしょうか?
あらゆる問題が山積みとなり、課題となり、問題視され、私たちは意識の変革、精神性を高めていく所まで、いま、一人ひとりに問われている時代となりました。
長年かけて、築き上げてきたものを、すぐに全てを解決するには時間が掛ります。
しかし、すぐに変えられる事もあるのです。
それは、意識することです。
何にでも、意識を傾け、自分の心と身体に問うのです。意識を高めていくのは、容易ではありませんが、
本来、私たち人間が持っている五感や第六感を自らの力で呼び戻すのです。
意識をする!➡瞑想➡心と身体を整える➡感謝の思いを言葉に発すること!
世の中の情勢は益々不安定になり、みなが信じていたピラミッド社会は崩れ、一人ひとりが試される時がきます。その時に私たち一人ひとりが立ち上がり、協力し合い、支え合わなければ、困難を乗り越えられないのです。
今は、まだ本当の意味での自主独立ができないのが日本ですが、いずれ近い内に、必ず自主独立する時がやってきます。その時に、ぶらさがる物はないからといって、落ちるのか?それともアイディアを出し合い、どう生きていくのか?みなと調和していくのか。
和を以て貴しとなす。和して同ぜず。調和とは和して同ぜずで、対立や争いを選択するのではなく、自分だけをみるのではなく、みんなと同じではなく、みんな違っていいけれど、同調し過ぎず、自分の軸を持ち、和を大切にしていく。
まさに、今を生きる私たちに課せられた学びは、魂を磨く(御霊)を、もう一度一から、やり直すときに来ているのではないでしょうか?