昭和の良き風景・人の繋がり
人と人とが自然と繋がる会話・瓦屋根の神社や縄文の歴史・日本最大級の洞窟が残る山形県高畠町へ、初めてお墓参りも含めて旅へでた。
降り立って感じた印象は、まず空氣がきれい!の一言から始まった。

私が住む町も森に囲まれ自然豊かですが、比べ物にならない程、氣がどよんでいないのです。透き通るような空氣と時間の流れがゆったりしている。
そして、道が広く、風景は田んぼが多い。稲が黄金色になり風が吹くと、清々しい気持ちになる。
稲は、富士の動画でも出していますが、縄文時代から作られていて、稲(いのちの根・生きる根・息の根)とも言います。
お米は、色々な物へ転換でき、日本酒・調味料・化粧品・お煎餅などのお菓子など、お米によって、技術が発展してきました。
また、道幅が広く運転しやすい。
運転していても、一度も煽られる事もなかったですし、イライラしている人も見かけなかった。
広大な土地でありながら、人口が少ないのも関連している面もありますし、山形の気質なのか、親切な人柄もあいまって、充実した3日間を過ごしました。
今の日本は、東京に一極集中している為、家や道路・人もギスギスし、何かに苛立ちながら、人生に焦りながら、孤立化(個立)しながら生きています。
仕事を求め、東京に行く選択しかできない状況も勿論あります。
しかし、東京に出て来て、収入を得れても、肝心の心が苦しい・寂しい日々が増し、心を壊してしまったり、人間の欲を満たせる誘惑が待っていて、心の穴に入り込み、誘惑に負けてしまい悲惨な状況になってしまう人間もいます。
何故?そのような状況になってしまうのでしょうか?
その答えが、山形に行き、改めてはっきりと感じたのです。
人間としての五感を失ってしまうからです。

本来の人間は、縄文時代から稲作をしながら、土を触ることで五感を感じ、月・暦を読みながら、豊作できるよう月や太陽、自然のリズムを身体で体感しながら、自然に沿って生きてきたのです。
経済発展を遂げてきたことで、日本は経済の豊かさを貪欲までに追い求めてきました。
技術向上・経済発展・溢れるばかりの食のバリエーションの増加、人間の欲は果てしなく、追っても追っても、満足は一時的に過ぎず、更に上を目指し、白い巨塔のように永遠に頂点が見えないのです。
お金の豊かさ=心の奥底から幸せ=とはならない!と私は以前から伝えていますが、確かに紙幣は生きているうえで必要不可欠で、貨幣制度がある限り、このシステムからは逃れられない訳です。
しかし、紙幣ばかり追う生活を送ると、心は自然と疲弊していき、本来の人間としての心の豊かさや人間としての心を失うことになります。
競争の社会は、誰かに蹴落とされ、誰かがどん底に落ち、誰かが恨まれ、誰かが恨む。この社会が続いていくと、人間が人間を攻撃し合い、潰し合い、無意味な争い、対立関係を創り上げ、自ら崩壊していくのです。まさに、今の社会はどちらがかが善とされ、また悪とされたものは、吊し上げられ落とされる。
陰陽道では、善も悪もなく、グレーであり、もっと言えば、空(くう)なのです。

ジョン・カルフーンのネズミの楽園実験は、動物だけに当てはまるものではなく、まさに、今の人間の行動そのものと言えます。
人と人との繋がりを避けるようになり、行動範囲が自然と狭くなっていき、外へ自ら飛び立とうとしなくなっていく。その行動力(原動力)さえ奪われていく。
これだけ、話していると、どんよりした氣持ちになりますが、山形には、昭和の良き人との繋がりが自然に残っているのです。
一つ会話をとっても、『元氣にしてたか~?』から始まり、噂話・悪口ではなく、純粋に何気ない会話をする。よく、昭和時代では当たり前の光景でした。
人が人を支え合いながら、生きている!誰かを騙すとか、陥れるとか自分さえ一番になれば良いとか、卑しい事を考えない。
中にはすすどい人間もいるかもしれないけど、東京での競争社会から、かけ離れているのもあるし、冬になれば極寒の寒さに耐え忍び、協力しないと雪かき一つにしても、稲やぶどう畑の維持にしても、人と人とが繋がり合わなければ、成立しない。
人を避けて一人で生きる。人を恐れて生きていく。と言うのは、若い時はかっこいい!とかめんどくさくなくて良いと思うかもしれないけれど、年を追うごとに、人との繋がりや人間としての生き方を学び返した時、人間としての幸せは何なのだろうか?と考える。
死を直面すると、それはより鮮明に考えるようになるし、人生をマネーゲームの中で終えていくのか?それとも人として心から幸せと感じる心の温かさを感じながら、自然と共に生きていくのか?今、問われている時代に入っていると思います。
いつしか日本が壊され、おかしくなってきている。そう感じている人も一定数いる中、今の欲にしか目に入らず、欲望のまま生きている人間もいます。

この先の未来は、誰にも分からない!分からないけれど、人間として最も大切な心を失い、自然と言う地球からの偉大な贈り物を自ら破壊していくならば、この先の未来、どうなっていくかは明白である。
ならば、人間としての五感を取り戻し、本来の人間としてのあるべき姿に戻るのが、まさに今ではないかと思います。